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山口地方裁判所下関支部 平成6年(ワ)376号 判決

原告

木佐貫愛

右法定代理人親権者母

木佐貫千恵

右訴訟代理人弁護士

秋山正行

被告

下関市

右代表者市長

江島潔

右訴訟代理人弁護士

中谷正行

主文

一  被告は、原告に対し、金四二一万二四四五円及びこれに対する平成五年一一月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、平成五年一一月一九日当時、下関市立江浦小学校(以下「江浦小学校」という。)一年に在学中の児童であった。

(二) 被告は、右小学校の設置及び管理者である。

2  事故の発生

原告が、平成五年一一月一九日午前一〇時二〇分ころ、江浦小学校内の「なかよし広場」で遊んでいた際、同広場内に設置してある回転シーソー(以下「本件回転シーソー」という。)の握り棒の先端部分が、原告の右前頭部顔面を直撃する事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

3  原告の受傷及び治療経過

(一) 原告は、本件事故により、頭蓋骨陥凹骨折、脳挫傷、けいれん発作、頭部顔面挫創の傷害を負った。

(二) 原告は、平成五年一一月一九日から同年一二月一〇日までの二二日間、下関厚生病院に入院し、同年一二月二一日から平成六年五月一七日までの間、同病院に通院し(実通院日数五日)、治療を受けた。

4  本件事故の態様

原告を含む江浦小学校一年一組の女子児童六人は、午前一〇時一五分から同一〇時三五分までの中休み時間中、同校内の「なかよし広場」で鬼ごっこをして遊んでいた。右児童のうちの四人は、鬼から逃げて、「なかよし広場」内の遊具「オーシャンウエーブ」と本件回転シーソーの北側にある別の回転シーソーとの間や右回転シーソーと本件回転シーソーとの間を走り抜けた。原告は右四人の後を追って走ったが、本件回転シーソーの手前で足をとられてつまずき、両手を突いて四つんばいに倒れた。

他方、本件回転シーソーでは、四年生の女子児童四人が遊んでいたが、そのうちの一人は、本件回転シーソーの上に上って、握り棒の上に両足を乗せ、両手で本件回転シーソーのはしご部分を持って、腹ばいの格好で乗り、他の一人は反対側の握り棒を両手で持ち、走りながらこれを引っ張るようにして上下させつつ回転させていた。

本件回転シーソーの手前で倒れた原告は、再び走りだそうとして身体を起こそうとした。その際、中休み時間の終了を告げる鐘が鳴ったことから、本件回転シーソーの握り棒を両手で持ち、本件回転シーソーを回転させていた児童が、教室に戻ろうとして急に握り棒から手を離したため、本件回転シーソーはバランスを失い、はしご部分に児童が乗っていた側の握り棒が回転しながら落下し、その先端部分が原告の前頭部右側を直撃した。

5  責任原因

(一) 国家賠償法二条一項(主位的主張)

回転シーソーは、国家賠償法二条一項の「公の営造物」に該当するが、いまだ危険予知能力の発達が十分でない児童が通う小学校においては、予測可能な危険に対処するために学校施設に十分な危険防止設備を施すことが必要である。特に、回転シーソーは、その設備の性質上、上下運動と回転運動が組み合わされており、その運動範囲は不定形であり、また、回転シーソーが回転している間は、回転シーソーの直径部分のみならず児童の腕の長さと児童の身長分だけ使用範囲が拡大するから、回転シーソーの付近で遊んでいる児童の顔面や身体に、回転シーソーの握り棒をつかんで回転する児童の足が予測に反して当たったりして負傷する危険が大きい。したがって、被告は、回転シーソーによる事故の発生を防止するため、①これを撤去するか、撤去しない場合には、低学年の児童が回転シーソーに近寄れないように、②周囲に保護柵を設け、かつ、③回転シーソーの握り棒には厚手のゴムを巻く等の事故の発生を回避するための具体的安全措置を取るべき義務があり、これを欠く場合には、施設の設置又は管理に瑕疵があるというべきである。被告は、本件回転シーソーについて右の安全措置を取らなかったから、本件回転シーソーには、その設置又は管理に瑕疵があることになる。

よって、被告は、国家賠償法二条一項により、原告が被った後記6記載の損害を賠償する義務がある。

(二) 国家賠償法一条一項(予備的主張)

国家賠償法一条一項の「公権力の行使」には、公共団体がその権限に基づき優越的意思の発動として行う権力的作用のみならず、学校教育のごとき非権力的作用も含まれる。休憩時間は、学校における教育活動と密接不離の関係にあるから、この時間も教師には児童を保護監督すべき注意義務がある。

回転シーソーの通常の使用方法は、両端に一人ずつぶら下がって適度の速さで上下又は回転させて遊ぶものであるが、本件では、四年生の女子児童の一人が、本件回転シーソーの上に乗り、他の一人が本件回転シーソーの握り棒を持って高速度で上下回転させていた。「なかよし広場」には、回転シーソー二台とブランコ等が設置され、休み時間には低学年から高学年までの児童が入り乱れて遊んでいたから、江浦小学校の担任教師及び校長には、回転シーソーについて、安全でかつ正しい方法で遊ぶように指導を徹底する義務があったのに、右教師らは、児童らが、一人が回転シーソーの上に乗り、他方の一人が反対側の握り棒にぶら下がり、他の一人がシーソーの腕を押したり、引っ張ったりして回転させて遊んでいることを認識しながら注意をせず、容認していたのであり、右教師らには、回転シーソーの遊び方についての安全指導を怠った過失がある。

よって、被告は、国家賠償法一条一項により、原告が被った後記6記載の損害を賠償する責任がある。

6  損害

合計 三七六七万二三六七円

(一) 入院雑費 三万〇八〇〇円

(計算式)

一四〇〇円(一日分)×二二日

(二) 入通院付添い費

一三万五〇〇〇円

(計算式)

五〇〇〇円(一日分)×二七日

(三) 交通費 一万七〇二〇円

(自宅から下関厚生病院までのバス代二三〇円の往復)

(四) 治療費 一八万二〇三九円

(下関厚生病院での原告負担分)

(五) 入通院慰謝料 五〇万円

(六) 後遺障害による逸失利益

二六一一万七五〇八円

原告は、本件事故による前記頭蓋骨陥凹骨折等の傷害について、修復手術を受けたが、①顔面部に長さ三センチメートルの線状痕、②脳波に異常を認め、運動能力の低下及び頭痛等の後遺症を被った。右障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表「後遺障害等級表」によると、①は第一二級一四号に、②は第九級一〇号にそれぞれ該当する。第一三級以上に該当する身体障害が二つ以上あるときは、重い方の身体障害が一級繰り上げられるから、原告の後遺障害は第八級になる。この場合の労働能力喪失率は、四五パーセントである。また、症状固定時(平成六年五月)の女子平均賃金は三〇九万三〇〇〇円である。七歳から六七歳までの六〇年に対応する新ホフマン係数は27.3547であり、七歳から一八歳までの一一年間に対応する新ホフマン係数は8.5901であるから、七歳に適用する新ホフマン係数は18.7646(27.354718.5901=18.7646)である。

(計算式)

309万3000円×0.45×18.7646=2611万7508円

(七) 後遺障害慰謝料八一九万円

第八級の慰謝料として相当な金額である。

(八) 弁護士費用 二五〇万円

7  まとめ

よって、原告は、被告に対して、主位的に国家賠償法二条一項、予備的に同法一条一項に基づく損害賠償として、金三七六七万二三六七円のうちの金二〇〇〇万円及び事故の日である平成五年一一月一九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  請求原因3(一)の事実のうち、原告が頭部を負傷したことは認めるが、詳細な病名は知らない。同(二)の事実のうち、原告が下関厚生病院に平成五年一一月一九日から同年一二月一〇日まで二二日間入院したことは認めるが、その余の事実は知らない。

3  請求原因4の事実のうち、本件事故当時、原告が、江浦小学校の「なかよし広場」で鬼ごっこをして遊んでいたこと、原告は、鬼から逃げるため同級生の友達の後をついて走り、本件回転シーソーの付近を走り抜けようとしたが、本件回転シーソーの手前でつまずき、転んでしまい、地面に四つんばいになって倒れたこと、本件回転シーソーでは同校の四年生の女子児童四人が遊んでおり、原告が再び走り出そうとして身体を起こそうとしたとき、本件回転シーソーの握り棒の先端部分が原告の前頭部右側を直撃したことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故の態様は、以下のとおりである。すなわち、本件事故発生当時、本件回転シーソーで遊んでいた四年生の女子児童のうちの一人は、本件回転シーソーのはしご部分の先端の握り棒に腰をかけ、足を自然に下に垂らした格好で上に乗り、両手は、身体から三〇センチメートル位前方の本件回転シーソーの両端の鉄棒(はしご部分の棒ではない。)を握っていた。また、もう一人は、反対側の握り棒から一本目のはしごの下側に取り付けてあるはしご部分を支える棒の端部分を両手で握り、ぶら下がっていた。さらにもう一人は、地面に立ち、上に乗っている女子児童の側のはしご部分の支え棒を両手で握って、本件回転シーソーを小走りで押しながら回転させていた。つまり、一人は、上に上がって握り棒に腰掛け、一人は、支え棒にぶら下がり、一人は、たまたま、腰掛けていた側の方が、体重の関係で低い位置にあったから、そちらの側の支え棒を握って、本件回転シーソーを押しながら小走りで回転させていたのである。もう一人は、傍らに立ち、この三人を見ていた。

そのような状態でいたところに、鬼ごっこをして遊んでいた原告が、一緒に遊んでいた同級生の後をついて走り、本件回転シーソーの側を走り抜けようとした。ところが、原告は、何かの拍子で本件回転シーソーの付近でつまづき、転んでしまい、地面に四つんばいになり、両膝と両手をついてしまった。そして、原告が再び走り出そうとして身体を起こそうとしたとき、本件回転シーソーに女子児童が腰掛けていた方のはしご部分の握り棒の先端部分が原告の右前頭部顔面を直撃したのである。

4(一)  請求原因5(一)の事実のうち、回転シーソーが、国家賠償法二条一項の「公の営造物」に該たることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故の発生は、鬼ごっこをして遊んでいた原告が、不注意にも、本件回転シーソーの傍らを走り抜けようとしたとき、思いがけずつまずいて転び、本件回転シーソーの軌道内に入りこんでしまい、再び走り出そうとしてその場で身体を起こそうとしたことが原因であり、本件回転シーソーの設置又は管理に瑕疵があったためではない。これは、子供が前をよく見ないで走っていたため、電柱や柱に当たったり、鉄棒やブランコに当たって怪我をした場合と同じであり、原告の一方的な過失によるものである。

本件回転シーソーが危険な遊具であるとしても、正しい使用方法を指導するとか、高学年に使用を限るとかの方策を講ずることによって、その危険はある程度防げるのであり、江浦小学校でも、実際にそのような指導及び方策を講じてきたのであり、被告には、本件回転シーソーを撤去すべき義務はない。また、確かに、「なかよし広場」では、高学年用の遊具と低学年用の遊具がそれぞれ設置してあり、高学年も低学年も「なかよし広場」で遊んでいるが、低学年の児童は、入学時の指導によって、回転シーソーで遊んではいけないことをよく知っており、これまで、この指導に反して、低学年の児童が回転シーソーで遊んだという事実は把握してない。低学年であっても、小学生であれば、他の者が遊んでいる本件回転シーソーの軌道内に飛び入ることが危険であることの判断は十分可能であり、被告には、本件回転シーソーを保護柵で囲むなどの義務はない。逆に、そのような柵を設けたとしても、つまずいて転んで柵に頭でも打って負傷するという事態も不慮のことではあるが避けることはできないのであり、結局、柵があってもなくても同じことである。さらに、もともと回転シーソーには、握り棒にゴムを巻くという処置が取られていないが、これは、握り棒に人が外部から衝突するという事態がおよそ考えられないことだからであり、被告には、本件回転シーソーの握り棒に厚手のゴムを巻く等の処置を取るべき義務もない。

(二)  請求原因5(二)の事実のうち、学校教育が、国家賠償法一条一項の「公権力の行使」に含まれること、学校の教師は、休憩時間であっても児童を保護監督すべき注意義務があることは一般論としては認めるが、その余の事実は否認ないし争う。

確かに、回転シーソーは、両端の握り棒を持ってぶら下がり、交互に地面を蹴って飛び上がりながら回転することが本来の使用方法といえるであろう。今回の三人の四年生児童の遊び方は、この点からは、正しいとはいえないかもしれない。教師がこれを見れば、右の三人の児童の遊び方を注意したかもしれない。しかし、前述のように、本件事故は、原告が不注意にも外から走ってきて、本件回転シーソーの軌道内でつまずいて転んだために発生したものである。このことは、右三人の児童が、正しい使用方法、二人が両端にぶら下がり、足で互いに地面を蹴りながら、上下して回転する遊び方をしていたとしても同じことである。つまり、原告が本件回転シーソーの軌道内で転倒しなければ本件事故は発生しなかったのであり、本件回転シーソーの使用方法とは全く関係がない。したがって、被告には、本件事故の発生につき、児童に対する安全指導の懈怠はない。

5  請求原因6の事実は否認ないし争う。

三  抗弁(過失相殺)

仮に、被告に何らかの過失責任が認められるとしても、本件事故は、原告が不注意にも本件回転シーソーの軌道内に走り込み、思いがけずつまずいて転んだ後、再び身体を起こそうとしたことに大きな原因があるから、相当額の過失相殺をすべきである。

四  抗弁に対する原告の認否

抗弁事実は否認する。

第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3について

1  証拠(甲三及び甲四)によれば、原告は、本件事故により、頭部外傷、右前額部裂傷、頭蓋骨陥凹骨折、脳挫傷、けいれん発作、頭部顔面挫創の傷害を負ったことが認められる。

2  原告が、平成五年一一月一九日から同年一二月一〇日までの二二日間下関厚生病院に入院したことは当事者間に争いがなく、証拠(甲四)によれば、原告は、同年一二月二一日、平成六年一月一九日、同年二月二三日、同年三月二三日、同年四月二二日の五日間、同病院に通院し、治療を受けたことが認められる。

三  本件事故の態様(請求原因4)について

1  本件事故当時、原告が、江浦小学校の「なかよし広場」で鬼ごっこをして遊んでいたこと、原告は、鬼から逃げるため同級生の友達の後をついて走り、本件回転シーソーの付近を走り抜けようとしたが、本件回転シーソーの手前でつまずき、転んでしまい、地面に四つんばいになって倒れたこと、本件回転シーソーでは同校の四年生の女子児童四人が遊んでおり、原告が再び走り出そうとして身体を起こそうとしたとき、本件回転シーソーの握り棒の先端部分が原告の前頭部右側を直撃したことは当事者間に争いがない。

2  右当事者間に争いがない事実及び証拠(乙一の一ないし六、乙二の一ないし四、乙四、検証)によれば、原告は、本件事故当時、「なかよし広場」で同級生五人位と鬼ごっこをして遊んでいたこと、原告は、鬼から逃げるため同級生の友達の後ろをついて別紙第三図面①地点付近から体育館南東角に向けて走り出し、同図面②付近を経由し、同③地点付近に至ったところでつまずき、膝と両手をついた四つんばいの格好になって転んだこと、本件回転シーソーでは、四年生の女子児童四人が遊んでおり、そのうちの一人の児童は、本件回転シーソーの片側の握り棒の両端を両手で持ち、ぶら下がりながら、時計回りに回り、一人の児童は、本件回転シーソーの反対側のはしご部分の右側支え棒を両足で挟み込む格好で握り棒に腰掛け、一人の児童は、他の児童が握り棒に腰掛けた側のはしご部分の下部の支え棒左端を持ち、本件回転シーソーを押しながら、時計回りに走って回り、さらにもう一人の児童は、傍らでそれを見ていたこと、原告が、再び立ち上がろうとして身体を起こそうとしたとき、地面から約七五センチメートルの位置で、児童が腰掛けていたため低くなっていた側の本件回転シーソーの握り棒の先端部分が原告の前頭部右側を直撃したことが認められる。

3  原告は、本件事故当時、本件回転シーソーの上に上っていた児童は、握り棒の上に両足を乗せ、両手で本件回転シーソーのはしごの部分を持ち、腹ばいになる格好で乗っていたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

四  公の営造物の設置管理の瑕疵(請求原因5(一))について

1  本件回転シーソーが、国家賠償法二条一項の「公の営造物」に該たることは当事者間に争いがない。

2  国家賠償法二条一項にいう「公の営造物の設置又は管理に瑕疵があ」るとは、公の営造物が通常備えるべき安全性を欠く場合をさし、その判断は、公の営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきものであるから、本件のように、危険状態に対する判断力、適応能力が低い児童を多数収容教育する小学校においては、それに相応する高度の安全性が要求されると解すべきである。

3  証拠(甲二五及び甲二六、乙三の一及び二、証人渡邊真由美、証人勝本久美子、証人古谷誠、検証、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件回転シーソーは、その全体が鋼鉄製の丸型パイプでできており、別紙第一図面のとおり、直径九センチメートル、長さ一五〇センチメートルの支柱の頭頂部分に、長さ二四六センチメートル、幅約二〇センチメートルのはしご部分が取り付けられており、そのはしご部分は、別紙第二図面のとおり、水平に三六〇度、上下に約一八〇度の角度で動かすことができ、二人の児童が、各自、本件回転シーソーのはしご部分の両先端部分に直角に取り付けられている長さ四五センチメートルの握り棒を両手で持ってぶら下がり、交互に、上下に飛び跳ねながら回転させて遊ぶ遊具である。

(二)  江浦小学校は、昭和六一年一月、別紙第三図面のとおり、同校の体育館裏の敷地に、同校の低学年(一、二学年)の児童が主に遊ぶ場所として、「なかよし広場」を開設し、同所内に、ジャングルジム、固定円木、フープジム、ブランコ等の小学校低学年用の遊具を設置した。本件回転シーソーは、もともと江浦小学校のグランド内に設置されていたものであるが、昭和六一年一月、「なかよし広場」の開設に伴って、同所内に移設された。

(三)  江浦小学校では、本件回転シーソーを三学年以上の児童が使用してよい遊具に指定し、低学年(一、二学年)の児童の使用を禁じていた。そして、一学年の児童の新入学時(四月ころ)に、担任教師が、児童を連れて校内を案内して回りながら、遊んではいけない遊具や遊んではいけない場所等を説明する際、回転シーソーでは遊ばないよう指導するとともに、危険だから回転シーソーの周りには不用意に近づかないよう注意を与えていた。

(四)  「なかよし広場」内に設置されている遊具のうち、ブランコの周囲には、他の児童が不用意に近付かないようにするための保護柵が設置されていたが、本件回転シーソーには、同様の保護柵等は設置されておらず、本件事故の発生後、職員会議での検討を経て、保護柵が設置された。

(五)  昭和五一年から平成六年までの間、下関市内の小学校に設置してある回転シーソーで児童が遊んでいた際に発生した負傷事故は、本件を除いて四一件ある。その大部分は、回転シーソーで遊んでいた児童が回転シーソーから落下したことによる事故であるが、平成二年と三年には、回転シーソーの近くにいた児童の頭部に回転シーソーが当たって、当該児童が頭部を負傷したという事故も二件発生している。

以上の事実を認めることができる。右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。

4(一) 右認定の事実によれば、本件回転シーソーは、他の遊具と比較してその軌道範囲が大きいため、その軌道内に他の児童が入る余地が相対的に大きいうえ、その回転中には、大きな回転エネルギーを生じているため、本件回転シーソーのはしご部分や握り棒の部分がその軌道内に入った児童の身体を直撃した場合には、重大な負傷事故が発生する可能性のあることが認められる。

(二) しかし、他方で、回転シーソーの通常の用法は、二人の者がはしご部分の両端にある握り棒を両手で握って、地面を蹴って上下させつつ回転させるものであり、右遊戯者のいずれか一方は常に地面に足を接していることが前提となっているから、周囲の者が不用意にその回転軌道内に近づいてきた場合には、脚力でその回転運動を制動することによって、その者との衝突を避けうる余地があり、遊戯者自身がとっさに遊具の運動を制動することが容易でないブランコ等に比べると、その軌道内に遊戯者以外の者が入ってきた場合の衝突の可能性は低いということができる。

また、右認定のように、江浦小学校においては、低学年の児童に対して、回転シーソーで遊ぶことを禁じ、新入学時にその旨の指導をしたうえ、不用意に回転シーソーの周囲に近づかないよう注意を与えており、児童がその指導・注意に反する遊び方をして問題になったこともなかったことからすると、危険を予知しこれを回避する能力をある程度有している小学校の児童については、前判示のような回転シーソーの危険性は、それなりに低減されているということもできる。

これらの点からすると、回転シーソーを設置しこれを利用させる場合、その場所や利用者層を問わず、常に保護柵を設けなければその安全性が確保できないとまではいえないであろう。

(三) しかしながら、好奇心・冒険心のおう盛な小学校の児童は、本来の方法に反する危険な方法で遊具を使用することが多く、回転シーソーについても、本件事故時と同様に、一人の児童がはしご部分や握り棒部分に腰を掛けて遊ぶなどの用い方をすることが多いことは、類似の事故報告例などから公知のことであり、そのような用い方をした場合には、反対側の握り棒等を持って回転させる役の者が、その回転を制動するには、通常の二倍の力を要することになるし、握り棒を持っていた者がその手を離した場合(手がすべるなど意図せずに離してしまうこともある。)には、完全に制動の方法を失って危険性が急激に増すことは、経験則上明らかな事実である。そして、教師が、口頭で特定の遊具の使用を禁じたり、危険な遊具には不用意に近づかないよう注意を与えていたとしても、その指導に意図的に従わず、あるいは遊びに夢中になるうちに、そのような注意を失念したり危険性の認識自体を欠いたりして、危険な遊具に不用意に近づく児童が少数ではあるが存在することもまた経験則上明らかな事実である。とりわけ、低学年の児童は、いまだ危険状態に対する判断能力や適応能力が十分でないため、その危険性は高いというべきである。

(四) 右のような回転シーソー自体が持つ危険性、利用者である小学校の児童の特性、本件回転シーソーの利用状況等を総合すると、衝突防止のための保護柵等の設備のない本件回転シーソーは、主として低学年の児童が使用する「なかよし広場」内に設置されたという場所的関係において、通常備えるべき安全性を欠いていたというべきである。

(五) 被告は、本件事故は、原告が、自ら本件回転シーソーの軌道内に入りこんで転び、再び走り出そうとしてその場で身体を起こそうとしたことが原因であり、これは、子供が前をよく見ないで走っていたために電柱や柱に当たったり、鉄棒やブランコに当たって怪我をした場合と同じであり、原告の一方的過失にもとづくものであって、本件回転シーソーの設置又は管理に瑕疵があったためではないと主張する。

しかし、動きがあって常に視界内にとどまりえない回転シーソーへの衝突について、電柱や柱などの固定物への衝突と同様にとらえて、右児童の過失をいうことはできない。

(六) 被告は、本件回転シーソーに保護柵を設置したとしても、つまずいて転んで柵に頭でも打って負傷するという事態も避けることはできないのであり、保護柵があっても本件のような事故の発生を防止することはできないとも主張するが、保護柵のような静止物への衝突による衝撃の程度は、本件回転シーソーのような動きのある遊具への衝突による衝撃に比して、相当程度軽減されたものになることは明らかである。したがって、保護柵を設けても設けなくても、その危険性の程度に差異がないかのようにいう被告の右主張は採用できない。

5 よって、本件回転シーソーの設置又は管理には瑕疵があるというべきであるから、被告には、国家賠償法二条一項に基づき、右瑕疵により原告が被った後記五認定の損害を賠償すべき義務がある。

五  損害(請求原因6)について判断する。

1  入院雑費 二万八六〇〇円

前記二で判示した原告の傷害の内容・程度、治療経過等に照らすと、原告は、前記の二二日間の入院期間中、一日当たり一三〇〇円をくだらない雑費を支出したことが推認される。その合計二万八六〇〇円は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(計算式) 一三〇〇円×二二日=二万八六〇〇円

2  入院付添い看護費 一一万円

証拠(甲三、甲二三、原告法定代理人本人)によれば、原告は、前記二二日間の入院期間中、母である原告法定代理人の付添い看護を受けたことが認められる。原告の年齢や前判示の原告の傷害の程度等にかんがみると、原告は、右二二日間の入院期間中、一日当たり五〇〇〇円を下らない付添い看護費を要したと推認される。その合計一一万円は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(計算式) 五〇〇〇円×二二日=一一万円

3  駐車料金、交通費

一万七〇二〇円

(一)  証拠(甲二三、原告法定代理人本人)によれば、原告法定代理人は、原告の入院期間中、付添い看護をするため、入院先の下関厚生病院に自家用車で通い、その駐車料金として合計三万七二〇〇円を支出したことが認められる。右駐車料金は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(二)  証拠(原告法定代理人本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、前記五日の通院について、バスを利用して通院したが、右通院の際には、原告法定代理人が付き添ったことが認められる。右両名の交通費の合計四六〇〇円は、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(計算式) 二三〇円×四×五日=四六〇〇円

(三)  原告は、駐車料金、交通費のうち一万七〇二〇円を請求するので、右請求の限度でこれを認容する。

4  治療費 一八万二〇三九円

証拠(甲一二ないし甲二二、原告法定代理人本人)によれば、原告は、本件事故による傷害について、前記二記載の治療を受けるため、右金額を支出したことが認められる。これは、本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

5  入通院慰謝料 五〇万円

前記認定の原告の受傷の内容・程度、とりわけ、頭蓋骨の陥凹骨折という重大な傷害であり、頭蓋骨に穴を開けての手術を経たこと(甲三)を特に考慮し、さらに、入通院の期間、実治療日数などを総合すると、原告の入通院に対する慰謝料は、五〇万円とするのが相当である。

6  逸失利益一九七万四七八六円

(一)  証拠(甲二ないし甲四、甲二四、甲二七、証人安藤彰)によれば、原告が、本件事故により入院した際、頭部外傷による脳挫傷が原因と考えられる意識障害、けいれん発作が見られ、平成五年一二月八日のCT検査により、右前頭葉に約一×一×一センチメートルの大きさの脳挫傷が検出されたこと、脳挫傷を負った場合には、外傷の部位によっては、知能、記憶力、運動能力の低下等の後遺症が現れる可能性があるが、そのような後遺症が残らないことの方が多く、頭部外傷が原因で知能低下等の後遺症が発生したことを医学的に証明することは困難であること、原告は、右通院期間中、けいれん発作等の発現を予防するため、抗けいれん剤の投与を受けていたが、平成六年三月二三日の受診時に右投与をとり止められたうえ、同年五月一七日には治療が打ち切られたこと、原告が平成八年九月に下関厚生病院で検査を受けた際には、受傷時に見られていた脳波の異常は消えていたが、それとは別のローランディックタイプと称される脳波異常に近い形の脳波の異常が検出されたが、これと本件事故との間に因果関係を医学的に証明することは困難であること、原告は、本件事故後、ボールを投げると、とんでもない方向に行ったり、自転車に乗るのが下手になるなど運動能力が低下し、記憶力も低下したこと、右各症状は、頭部外傷によって発症する可能性のあるものであること、原告の頭部には、頭頂部から前額部にかけて、手術の際にできた線状痕が前髪に隠れて残存していることの各事実を認めることができる。

(二)  右認定の事実によれば、右運動能力・記憶力の低下は、本件事故と因果関係のある後遺症であり、遅くとも平成六年五月一七日にはその症状が固定したと認められ、右後遺症により、原告は、就労可能と推認すべき満一八歳から満六七歳までの四九年間、少なくとも五パーセントの労働能力を喪失し、右と同割合の収入の減少が生じたと推認される。

平成六年度賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計女子労働者(一八歳)の平均年間給与額二一〇万四八〇〇円を基礎とし、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して(右症状固定時である満七歳から満六七歳までの六〇年に対応するホフマン係数は27.3547であり、満七歳から満一八歳までの一一年に対応するホフマン係数は8.5901であるから、この場合に適用される中間利息控除係数は18.7646となる。)、原告の逸失利益の現価を求めると、次の計算式のとおり、一九七万四七八六円(一円未満切捨て)となる。

(計算式)210万4800円×0.05×18.7646=197万4786円

(三)  なお、頭頂部から前額部にかけての線状痕は、頭髪に隠されていてそれほど目立つものではなく、労働能力の低下には結びつかないと認められるから、逸失利益の算定に当たりこれを考慮しないこととする。

7  後遺症慰謝料 一〇〇万円

原告の後遺障害の内容・程度(前額部の線状痕は、それほど目立つものではないが、やはり女子の前額部に残存するものであり、慰謝料算定に当たってはそれなりに考慮すべきものである。)等を総合すると、後遺症に対する慰謝料は一〇〇万円とするのが相当である。

8  原告が、本訴の提起・遂行を原告訴訟代理人に委任したことは、本件記録上明らかである。右認定の原告の損害額及び本件訴訟経過に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は四〇万円とするのが相当である。

9  以上のとおり、本件事故により原告が被った損害は、合計四二一万二四四五円であると認められる。

六  抗弁(過失相殺)について

被告は、原告が本件回転シーソーの軌道内に走り込んで転んだ後、再び身体を起こそうとしたことが本件事故の大きな原因であり、相当額の過失相殺をすべきであると主張するが、危険状態に対する判断力、適応能力が十分ではない小学校低学年の児童に主として利用させることを予定した校庭内の施設は、それを前提にした安全性を備えるべきであり、右主張の程度の事実を理由にして、被害者である原告の過失をしんしゃくするのは相当ではない。

よって、抗弁には理由がない。

七  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、国家賠償法二条一項に基づく損害賠償として金四二一万二四四五円及びこれに対する事故の日である平成五年一一月一九日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官前川豪志 裁判官森實将人 裁判官上寺 誠)

別紙第一、第二、第三図面〈省略〉

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